2008年6月9日

偽物

豆腐屋で売っている「がんもどき」は「雁もどき」と書き、鳥の雁に食味を似せて作ったものである。生揚げの間に細かく切った野菜や昆布などを挟んだもので、まったり煮つけたり、おでんの種にすると美味である。元来は精進料理に端を発したものらしい。

関西では飛竜頭(ひりょうず)と呼ばれている。もどき品には他に「カニカマ」などがあり外国でも人気があると聞く、特にフランスでの人気が高いのは、味覚の精度が高い両国に相通ずるものがあるのだろう。さらには「かば焼きもどき」と言うのも有り、これは、山芋をすりおろし、塩、醤油、だし汁、片栗粉を少量づつ混ぜ合わせ「海苔」の上に広げ軽く油で揚げたれをつけ、焼け焦げをつけると食味が「ウナギのかば焼き」に似る。

探してみれば、この、「もどき」は数限りなく存在するに違いない。まァ、そう言った訳で、本物に近い、あるいは本物をしのぐ「もどき」さえ現れることもあり、私たちを楽しませてくれる。

ところで、数日前駅に向かって車を走らせていると、駅近くの交差点歩道をゆっくり渡ってゆく人に見覚えがある。木下君かもしれない、今日は何やら妙にいやらしく見える。思わず窓をあけて声掛けそうになった。

最近老齢のためか間違えも多いから、もう一度確かめると、顎のあたりの線が細い、ご存じか、ご存じでないかは、ご存じないが、木下君には、顎周辺に、いかにも怪しい「お肉」が大量に付着している。一般市民にはあれほどの顎をもつ人は、ほとんどいない。従って、そうそう頻繁に歩いてるわけもないから、やはり、木下君ではなく「木下もどき」とでもいったほうが良いのだろうか。それにしても、声をかけずによかった。

よくよく考えてみれば、こんな時間に木下君がそのような場所を歩いている訳が無い。何故なら、「本日は病気なので休みます」ときっちり、連絡があった。しかも、私がとったのだ。ずいぶん怪しい、「お父さん、どこえ行くの?」と子供の声も入ってくる、多分ずる休みであろう。

この私も、たまに休むと「ずる休み」なのでは?と疑われもするが、そんなもの、全く無い。何故ならもって生まれた病気になりやすい体、所謂「腺病質」だから、一寸したことでも病気になってしまうのである。見るからに弱そうだし、今だってのどが痛い。

朝方の声の出方がスムーズではない。そんな訳で、朝早い「歌」の仕事は取らないようにしている。が、そのことで心配する必要はない、つまり「歌手」ではないからだ。ただ単に歌って踊れる老人なのであり、言ってみれば「病人もどき」なのであろうか。そうして「もどき」は所詮「にせもの」なのである。



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