2008年4月24日

旅鴉

過日、市川 昆監督が亡くなった。 残念なことだ、想い出に残る作品は「犬神家の一族」、「東京オリンピック」がある。特に「東京オリンピック」は心の中に鮮やかな影を残している。冒頭のシーンで、古いビルを大きな鉄球が打ち壊してゆく・・・、建設されてゆく町並。競技はスローモーションを多用して、選手の筋肉の躍動を魅せて、それまでのオリンピック記録映画とは一線を画すものだった。

その、市川 昆監督が手掛けたTVドラマに「木枯紋次郎」がある。1972年1月1日「川留の水は濁った」から始まり、1973年3月31日「上州新田郡三日月村」までの38作で人気があった。若い人たちには馴染みは薄いだろうが、私たちにはとても恰好の好い

「アウトロー」だった。流行語にもなった“あっしには、かかわりのねえこっつてござんす”と言うものだが、その割には、色々な出来事

かかわってしまう。尤も、そうじゃなければ、ドラマも生まれようがない。 原作は 故 笹沢佐保さんで主役に中村敦夫が抜擢され,

主題歌は上条恒彦が歌う。超望遠レンズで峠を歩いてくる米粒ほどの紋次郎を捉え、ズームアップしてゆく、被さる様に 

♪♬ど~こかで~だ~れかが~・・・♬と、力強い歌声が流れ、それ以前の時代劇とは一風変わっている。薄汚れた道中合羽に三度笠(飛脚が日本橋~京都間を月に三度往復した事から彼らの使用していた笠を三度笠と言い旅鴉も利用していた)に馬鹿長い爪楊枝をくわえた紋次郎の姿は、泥臭い立ち回りと相まって、実に男らしく描かれていた。

でもね、そんな紋次郎は“オカマ”だったのです。どうです、実に衝撃的なことでしょう?

それと言うのも、紋次郎流れ流れてゆく道中、ふとしたことからかかわった、やくざ同士のけんかに巻き込まれ、足を切られ谷底へ

・・・気絶している紋次郎を助けたのが吾作じーさんだつたのです。じーさんには、18才になる孫娘“はる”がいて、紋次郎を家に連れ帰り娘ともども懸命に看護する。吾作と言えば当然百姓で、そのころ米は貴重品であった。自分たちは稗や粟を食べ、紋次郎には米を食べさせたのである。しかし、米も古く“虫”も湧いていたが、その好意に紋次郎、黙っていただく。そしてある日、まだ傷いえぬ

紋次郎、ホモを趣味とする吾作に、たやすく犯されてしまったのです。足に傷を負っている、うえに、コーモンにまで損傷を受けたのでした。この日から、紋次郎男にも女にも興味を示す、言ってみれば、宮本武蔵もビックリな両刀使いに大きく変身したのです。

“はる”の献身的な手厚い看病で、回復した紋次郎は、何を思ったか“はる”を犯してしまい「アッハッハアーこれもまた親子丼つーんですか?」と言ったとか、言わなかったとか・・・。申し訳ないような結末で恐縮です。

最近TVで時代劇が少なくなっていますが、どうか面白い作品をお願いいたします。ちなみに、ここに登場する“はる”は、スタンリー。キューブリックの「2001宇宙の旅」の“ハル”とは従妹でも、兄弟でもありません。蛇足ながら。



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